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受賞記念講演

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記事ID:0025717 更新日:2022年4月1日更新

真鍋淑郎博士による記念講演「地球の気候における物理モデル」(2021.12.8)

ノーベル財団物理学委員会委員長 ソース・ハンス・ハンセン氏からの紹介

 本日最初の講義は、真鍋博士による気候物理学に関するものです。博士は1931年生まれで、東京大学を卒業後、キャリアの大半をアメリカで過ごされております。米国気象局での勤務を経て、プリンストン大学に在籍し、現在も研究活動をされています。これまでに真鍋博士は共同研究者とともに、高度な温室効果モデルと、天候の予測に不可欠な大循環モデルを開発されました。

 それでは、真鍋博士による今年最初のノーベル賞受賞者の講演をぜひお聞きください。

真鍋博士による講演

(1)スウェーデン王立科学アカデミーから、ノーベル氏が寛大さと先見性をもって設立されたノーベル賞授与に対し私が選考されたことは、たいへん光栄に存じます。私がキャリアを通じて探求を楽しんできたテーマである地球温暖化についてお話をすることも、同様に大きな喜びです。この機会に、アメリカ海洋大気庁地球物理学・流体力学研究所の初代所長である故ジョセフ・スマゴリンスキー氏に感謝します。研究室で働き、気候変動の秘密を解き明かすことは大きな特権であり、喜びでした。本日は、1990年以前に構築した比較的単純な気候モデルを使用して、気候変動における温室効果ガスの役割について説明したいと思います。

(2)いわゆる大気の温室効果の説明から始めます。私たちの惑星のエネルギーバランスは、太陽から届く日射量と大気圏外に放出される放射量との間で維持されています。衛星観測によると、放射の世界の平均値は1平方メートルあたり240ワットです。地球の大気システムが、黒体放射に関するステファン・ボルツマンの法則に従って黒体から放射されると仮定すると、惑星の実効放射温度を推定することができます。このようにして得られた温度は、摂氏マイナス18.7度であり、地表面の世界平均気温である摂氏プラス14.7度よりも低くなっています。これは、地球の表面に大気がない場合より、33度も暖かいことを意味します。言い換えれば、大気にはいわゆる「温室効果」があり、地表面の温度を摂氏33度も上昇させます。衛星による放射の観測は、大気の温室効果の存在について最も説得力のある根拠となるものです。

(3)大気の熱構造と温室効果の概要を説明するために、このスライドを作成しました。この特徴として、傾斜線は対流圏の鉛直方向の温度状況の概要を示しており、温度は高さとともにほぼ直線的に低下します。傾斜線上の鉛直部分は、ほぼ等温の成層圏下部の概要を示しています。点と対流圏の中間部は、大気の上部から放射される実効性のある中心部を示しています。その気温は摂氏マイナス18.7度で、地表面の世界の平均気温である摂氏プラス14.7度と比較できます。後者は前者よりも約33度暖かく、大気の温室効果の大きさを示しています。地表面から大気中への放射伝達は、キルヒホッフの法則に従います。与えられた波長に対して、物質の吸収率はその放射率に等しい必要があります。これは、黒体からの理論上の放出に対する実際の放出の比率として定義されます。地表面はほぼ黒体のような性質があり、吸収率は1に近く、地表面に到達する長波放射と短波放射の下方への流れをほぼ完全に吸収します。キルヒホッフの法則に従い、地表面は、ほぼ黒体のように長波放射の上向きの流れを放出します。この上向きの流れは、大気中に浸透すると、水蒸気、二酸化炭素、亜酸化窒素、メタンなどの温室効果ガスによる吸収により放射が減少します。しかし、これらのガスの放出により、それが下向きの流れを作ります。要するに、上向きの流れは下向きの流れよりも減少が大きいか、またはその逆であるかに応じて、高度によって減少または増加します。これらの温室効果ガスは大気の微量な成分ですが、全体として、地表面から放出される黒体放射の上向きの流れの大部分を吸収します。

(4)一方、キルヒホッフの法則では、大気の吸収率をその放射率と等しくする必要があるため、大気は長波放射の上向きの流れも放出します。 比較的暖かい表面から放出される上向きの流れの吸収率は、比較的冷たい大気による上向きの流れの放出よりも実質的に大きくなります。したがって、大気は、地表面から放出される長波放射の上向きの流れのかなりの部分を大気の上部に到達する前に閉じ込め、それによって地表面を暖かく居住可能に保ちます。

(5)これまで、大気がいわゆる温室効果を持つ理由を説明しました。温室効果は、地表面から放出される長波放射の下向きの流れのかなりの部分を閉じ込めます。ここでは、大気中の温室効果ガス濃度が上昇するにつれて、地表面だけでなく対流圏でも気温が上昇する理由を説明します。二酸化炭素などの温室効果ガスが大気中で増加すると、空気中の赤外線の不透明度が高まり、大気の下部から放出された放射が大気の上部に到達しにくくなります。その結果、大気中の温室効果ガスの濃度が増加するにつれて、放射が発生する層の平均的な高さが増加します。

 要するに、大気が不透明であるほど、大気の上部に到達する上向きの流れの実質的な中心が高くなります。放射の実質的な中心は対流圏にあり、高さの増加とともに温度が低下するため、中心の温度は上昇するにつれて低下し、大気の上部からの放射が減少します。温室効果ガスの濃度の変化は、大気の上部から出て行く長波放射だけでなく、地表面に到達する下向きの流れにも影響を及ぼします。大気中の温室効果ガスの濃度が高くなると、空気中の赤外線の不透明度が高くなり、大気のより高い領域からの放射が地表面に到達しにくくなります。その結果、大気中の温室効果ガスの濃度が増加するにつれて、下向きの流れの実効中心部が下方にシフトします。要するに、大気が不透明であるほど、地球の表面に到達する下向きの流れの放出中心点は低くなります。これは対流圏の高さが低くなり、中心の温度が下方移動するほど上昇し、それによって地表面に到達する下向きの流れが増加するのです。

(6)温室効果ガスの増加に対する地表面の対流圏システムの放射による影響は、2つの関連するプロセスの結果と見なすことができます。最初のプロセスでは、地表面の温度を上昇させる下向きの流れを増加させます。地表面は、十分に長い期間をかけて、実質的にすべての放射エネルギーを包含する対流圏を入れ替えます。これは、湿・乾両方の対流を通して運ばれた一部のエネルギー、長波放射、および大気中の大規模な循環を伴うものです。これにより、気温は地表面だけでなく対流圏の上層部でも上昇します。

(7)2番目のプロセスは、温室効果ガスの大気中濃度の増加に応じて、大気上層部の長波放射の上向きの流れに関係します。もし、地表面の対流圏システムの温度を変化させずに、温室効果ガスの量を増やすと、大気上層部での長波放射の上向きの流れは減少しますが、これは前述のように、地球全体の放射熱のバランスを維持するためです。地表面の対流圏システムは、これらのプロセスの効果に見合うほど十分暖まり、その結果、温暖化にもかかわらず、放射気流の上部は変化しないように維持しているのです。地表面の対流システムによる地球規模の気温上昇は、しばしば「地球温暖化」と呼ばれます。

(8)地球温暖化の規模に影響を与える重要な要因は、水蒸気を含む強いフィードバックプロセスです。水蒸気は、地上の長波放射のスペクトル範囲の大部分にわたって強く吸収および放出を行い、主に強力な温室効果の原因となります。私たちが知っているように、空気の絶対湿度は、通常、温度の上昇とともに増加し、それによって大気の温室効果を増加させます。気温と大気の温室効果にかかる強いフィードバック効果は、「水蒸気フィードバック」と呼ばれます。これは、二酸化炭素などの長寿命の温室効果ガスによって引き起こされる地球温暖化を拡大しました。

(9)私たちが大気の鉛直1次元モデルを開発したのは、1960年の半ばでした。放射熱の伝達と対流熱伝達の密接な相互作用によって、大気と地表の熱のバランスが維持されています。このモデルは、二酸化炭素の大気中濃度の変化に応じて、地表と大気の温度がどのように変化するかを推定するのに非常に役立つことがわかりました。このモデルを使用して、大気の通常の濃度(300 ppm)だけでなく、他の2つの濃度(150ppmと600ppm)についても、放射対流平衡にある大気の鉛直気温分布を得しました。つまり、この特徴は、地表のシステムおよび放射対流平衡のような結合された大気の特定の温度分布を示しており、すでに説明したように、これらは3つの濃度で得られるものです。二酸化炭素の大気中濃度が150〜300 ppmから300〜600 ppmに倍増すると、地表だけでなく対流圏でも気温が上昇します。成層圏では気温が下がりますが、一方で対流圏では、ご覧のとおり青い線から黒い線や赤い線にかけて温度が上昇しますが、成層圏の上部を見ると、実際に青い線から黒い線や赤い線にかけて温度が下降します。対流圏の温暖化の大きさは、どちらの場合も摂氏2.3度であり、実質的には同じです。

(10)温暖化のシミュレーションによる推定水蒸気のフィードバックを定量的に推定するために、水蒸気フィードバックが無効の場合の別の合計値を算出しました。これらの実証では、絶対湿度の分布は、一定の相対湿度を維持するように調整されるのではなく、変更されないように機能していました。 このようにして得られた放射対流平衡の3つの状態の違いから、水蒸気フィードバックがない場合の地表温度の平衡反応の大きさを推定しました。 大気中の二酸化炭素の倍増に対して、地表温度が摂氏約1.3度上昇することがわかりました。

(11)私たちが水蒸気のフィードバックの存在で得たものは何か、これらの実験は、水蒸気が地表温度の変化を実質的な要因で拡大する、強力なフィードバック効果を持っていることを示しています。一次元放射対流モデルは、大気の三次元大循環モデルの開発に向けた重要なステップとして開発され、やがて大気海洋結合モデルに進化しました。このボックス図に示されているように、結合モデルは3つの主要な要素で構成されています。[1]緑色のボックスで示される大気の大循環モデル、[2]青色のボックスで示される海洋の大循環モデル、[3] 茶色のボックスで示された大陸地表面の単純な熱と水のバランスモデルです。結合モードの初期バージョンは1960年代後半に構築されましたが、現実の地形を踏まえた結合モデルが1980年代に実施された地球温暖化実験に対応できるようになるまでには、さらに20年かかりました。

(12)実験の結果は1980年に発表され、1990年に発表された気候変動に関する政府間パネルの最初の報告書で広く議論されました。この研究の詳細については、最近出版された「地球温暖化を超えて」というタイトルの本を参照してください。プリンストン大学出版局によるものです。

(13)地球温暖化は、気温の変化だけでなく、蒸発率と水平方向の降水量の変化も伴いました。大気中で水蒸気や二酸化炭素などの温室効果ガスが増加すると、すでに説明したように、長波放射の下向きの流れが地表面で増加し、それによって地表面の温度が上昇します。地表面の飽和蒸気圧は気温の上昇とともに上昇するため、地表からの蒸発量も増加すると予想されます。大気上部の相対湿度が体系的に変化しない限り、そして十分な時間があると、地球規模での蒸発率の増加はそれに対応して降水量の増加をもたらし、それによって地球規模の水の循環の強度を増幅することになります。

(14)主に大気中の大規模な循環による水蒸気の水平方向の移動率の増加により、降水量と蒸発量だけでなく、それらの地理的分布が起こります。大気中の気温が上昇すると、二酸化炭素などの長寿命の温室効果ガスの濃度の上昇に応じて、降水量を通じて相対湿度をわずかな変化にとどめるようにしながら、空気の絶対湿度の増加が予想されます。このように、大規模循環による水蒸気の水平移動も大気中で増加すると予想されます。これが、地球温暖化が進むにつれて降水量の分布が蒸発量の分布とは異なり、河川流量や大陸表面の土壌水分量などの水の利用可能性の分布に、実質的に影響を与える主な理由です。

(15)たとえば、降水量は、通常、北半球の高緯度で水が豊富な地域や、熱帯地方の降水量の多い地域で増加し、河川の流量の増加の頻度も高くなります。対照的に、亜熱帯の多くの比較的乾燥した地域や、他の水不足の地域では、通常、土壌水分が減少し干ばつの頻度が高くなります。水資源が少ない地域と豊富な地域にある既存の格差が徐々に増幅し、世界の水資源管理に非常に深刻な課題をもたらすことになるのです。

 ご清聴いただき、たいへんありがとうございました。

 

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